ある方のブログを紹介します。

ここでは、「プロとアマの差」をテーマに語られてますが、レベル感は違っても、僕たち小学生高学年クラスでも、周りを見渡せば、上手くて強いチームの選手との差は、同じことが言えると思います。

それは「フィットネスの差であり、ボールを止めて、蹴る、運ぶというシンプルな基礎の差」であること。

例えば、
今の5年生は、4年生のときから「パス」「トラップ」の大切さを伝えられてきていると思いますが、まだ課題が残っていますよね?

いま抱(かか)えている課題を念頭に、ここ最近の試合も振り返りながら読んでみると良いかもしれません。


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「はじめてプロと対戦して感じた圧倒的な基礎技術の差」

初めてのプロチームとの試合。
僕たちは大学の県リーグでは無敵で、いつも物足りなさを感じていた。
J(プロ)を体感できる良い機会。自分がどこまでやれるかを知る良い機会。

試合が始まった。自分はセンターバックで出場。対峙(たいじ)してすぐ雰囲気で悟(さと)るのだが、相手のFWは当然のことながらすべてにおいて大学生のレベルを超えていた。しかしながらしっかりカバーができれば(してもらえれば)なんとかなるかもしれないという感じだった。

開始5分ほどで歴然とした力の差を感じることになる。それはプレーの速さだった。パスのスピードと精度トラップの質、すべてにおいて凌駕(りょうが)された。どう頑張っても一人余る。マークにほころびが出る。必然的にラインを下げざるを得ない。後ろで数的優位を作らなければあっという間にやられる。必死にポジション修正、マークの確認をする。

その時、相手の左サイドにボールが渡る。対峙(たいじ)するうちのサイドハーフも少し距離を置いて守らなければ抜かれてしまう。良い距離感で相手にやらせないことを求められるのだが... ワンフェイクでチョンとずらされてアーリークロスを上げられた。そのボールは自分のマークするFWにドンピシャできた。FWはサイドの選手がチョンとずらしたタイミングで走り出し、自分の前に入ってきた。僕はボールが入ってくるまでに身体を入れ替えなければと必死に努力するも、入ってきたボールは無慈悲(むじひ)だった。低くて速い相手のFWの為だけに来たボールだった。もうどうしようもなかった。相手のシャツを引っ張ることが精いっぱい。しかし、そんな抵抗も虚(むな)しくバシっと頭で決められた。

これがプロか… とレベルの違いを見せつけられた。大学生を相手にするやり方では当然ながら通用しない。速さもプレーの精度もワンランク上。考えなければならない。僕たちでできる戦い方を。僕たちが持っている知恵を!武器を!集約して。どういうプレーをすれば相手は嫌がるだろうか、この相手に勝つにはなにが必要か、やれることは限られている。もう自分の全てを出すしかない。僕たちは泥臭く攻撃的に守備をした。ボールを持ったら冷静にプレーした。僕らは練習でずっと質の高いボールポゼッションのトレーニングをしてきた。相手が近い中どれだけ質の高いプレーができるかを追求してきたのだ。それはプロ相手にも通用する部分があった。プレッシャーの速さに慣れるまでに時間はかかったが、良いパスが出せて、良いトラップができれば相手のプレスも苦にならなくなってくる。僕たちは最後までできることを続けた。

結果は0-2。この試合でわかったことがある。プロとアマの差。それはフィットネスの差であり、ボールを止めて、蹴る、運ぶというシンプルな基礎の差だ。それは諦めなければ埋まるものであると思った。テクニックを生かすための身体運用、個性を最大限出すための身体運用が大事なのだと学んだ。きっと高校まで本気でサッカーに取り組んできた青年にはみんな可能性がある。しかし、それを実現させるのには多大な努力と運が必要だ。簡単に言うと、レベルの高いチームでやる機会を得られるかということと、日々のトレーニングの中で常に高いレベルを想定してやれるかということ、怪我に潰されないこと(怪我しても諦めない心の強さ)、自分以外の周りの声にブレないこと。努力と運が必要になる。そしてなにより大事なのは自分の信念である。諦めない心。自分を信じる勇気が必要になってくる。

基礎はサッカーのベースになる部分であって、それをプロで通用するレベルまで上げてはじめてプロの土俵に立てるのだと思う。そしてそこから自分だけの武器を表現できてはじめて試合に出れる可能性が出てくる。自分の武器を表現するには基礎技術のレベルが高くなければならない。甘くない。

あくまで私が感じた一番の差は基礎技術であり、そこから特別な武器を表現できないとサッカーで飯を食うのは難しい。

サッカーは自分を表現することが大切だ。